あいがとや便り
あいがとやの天日塩の話。#2
お塩は、毎日使う食料品です。毎日使うものだから、「良い者をお安く使いたい」というのが私たちの願いです。厚生労働省の令和6年「国民健康・栄養調査」によると、日本人の1日あたりの食塩摂取量の平均値は(男性:10.5g、女性:8.9g)らしいです。 1日10gとは、結構な量ですよね。 たばこと塩の博物館の解説によると、10g摂って、10g排泄するのだそうです。 動物と塩のひみつ 『あいがとや』では、2種類のお塩を取り扱っています。 ・カンホアの塩・テジャクラの塩 カンホアの塩は、ベトナムのカンホア地方で栽培された天日塩です。テジャクラの塩は、バリ島のテジャクラで栽培された天日塩。 どちらも「天日塩」です。 よく「自然塩」とか「天然塩」という方がいますが、科学的根拠や明確な基準がないという理由で禁じられており、薬機法および食用塩公正競争規約では、商品のパッケージや広告に謳ったり表示することを固く禁じられているんです。 だから、摂れた栽培された方法などで「海塩」「天日塩」「岩塩」「湖塩」「藻塩」などと名称が付けられて差別化されています。 また、「精製塩」のことを悪者みたいにいってる文をウェブで散見されますが、科学的根拠はありません。単なるナトリウムでできているお塩になります。 お塩の豆知識 塩は鉱物であり、賞味期限がない 「塩」は、食料品でもありますが、じつは「鉱物の1つ」というか一種なので、実際には賞味期限がありません。ただ、長期間放置していると固まってしまいます。 50代以上の人なら分かるかもしれませんが、50年ほど前の食卓にある塩は、塩の瓶に入れておくと湿気を吸って湿っていて固くなっていたと思います。あれが「天日塩」などと呼ばれているお塩でした。 塩は凍らない お水は、零度で氷になりますが、濃い塩水は、およそマイナス21℃まで凍りません。雪国では道路の凍結防止(融雪剤)に利用されています。 美味しい塩分濃度はごくわずか 人がもっとも美味しく感じる塩分濃度はというと、ととても狭い範囲と言われています。ちなみに鼻水や涙は少し塩辛いですが、塩分濃度約0.9〜1%と血液と同じです。 砂糖と塩、先に使うのは砂糖 俗に「さしすせそ」といわれますが、調味料は砂糖を先、塩を後に入れるのが理にかなっています。なぜなら、塩は砂糖よりも分子が小さいため、先に入れてしまうと後から入れた砂糖が染み込みにくくなるためです。 お塩が給料だった!? 古代ローマの兵士に、給与として塩が支給されていたこと(ラテン語で塩を意味するsalarium)が、現在の英語の給料サラリー(Salary)の語源になっているそうです。そういえば、武田信玄が上杉謙信に塩を送ったといって「敵に塩を送る」ということわざもできました。これは、信玄の領地で塩不足が起きた際、苦しむ民を見かねて塩を送ったことからだったようです。 死海のお塩は? イスラエルの塩湖で、有名な死海ですが、湖面の海抜はマイナス400m超と、地上としては最も低い場所にあります。さぞ、塩分が濃いと思われます。死海の塩分濃度は、通常の海の約10倍。極めて高いです。ですが、食用ではなく主にバスソルトや美容に使われています。苦りが多くて食用には、向かないそうです。 世界で一番高級なお塩は? 最高値は、なんと1kgあたり100万円。高知(高知県)の職人が作るオーダーメイドの塩「田野屋塩二郎」(最高値で1kgあたり100万円) や、韓国の伝統的な製法で作られる「竹塩(九回焼き竹塩)」(240gで1万円以上/8.5オンスで約100ドル)...
あいがとやの天日塩の話。#2
お塩は、毎日使う食料品です。毎日使うものだから、「良い者をお安く使いたい」というのが私たちの願いです。厚生労働省の令和6年「国民健康・栄養調査」によると、日本人の1日あたりの食塩摂取量の平均値は(男性:10.5g、女性:8.9g)らしいです。 1日10gとは、結構な量ですよね。 たばこと塩の博物館の解説によると、10g摂って、10g排泄するのだそうです。 動物と塩のひみつ 『あいがとや』では、2種類のお塩を取り扱っています。 ・カンホアの塩・テジャクラの塩 カンホアの塩は、ベトナムのカンホア地方で栽培された天日塩です。テジャクラの塩は、バリ島のテジャクラで栽培された天日塩。 どちらも「天日塩」です。 よく「自然塩」とか「天然塩」という方がいますが、科学的根拠や明確な基準がないという理由で禁じられており、薬機法および食用塩公正競争規約では、商品のパッケージや広告に謳ったり表示することを固く禁じられているんです。 だから、摂れた栽培された方法などで「海塩」「天日塩」「岩塩」「湖塩」「藻塩」などと名称が付けられて差別化されています。 また、「精製塩」のことを悪者みたいにいってる文をウェブで散見されますが、科学的根拠はありません。単なるナトリウムでできているお塩になります。 お塩の豆知識 塩は鉱物であり、賞味期限がない 「塩」は、食料品でもありますが、じつは「鉱物の1つ」というか一種なので、実際には賞味期限がありません。ただ、長期間放置していると固まってしまいます。 50代以上の人なら分かるかもしれませんが、50年ほど前の食卓にある塩は、塩の瓶に入れておくと湿気を吸って湿っていて固くなっていたと思います。あれが「天日塩」などと呼ばれているお塩でした。 塩は凍らない お水は、零度で氷になりますが、濃い塩水は、およそマイナス21℃まで凍りません。雪国では道路の凍結防止(融雪剤)に利用されています。 美味しい塩分濃度はごくわずか 人がもっとも美味しく感じる塩分濃度はというと、ととても狭い範囲と言われています。ちなみに鼻水や涙は少し塩辛いですが、塩分濃度約0.9〜1%と血液と同じです。 砂糖と塩、先に使うのは砂糖 俗に「さしすせそ」といわれますが、調味料は砂糖を先、塩を後に入れるのが理にかなっています。なぜなら、塩は砂糖よりも分子が小さいため、先に入れてしまうと後から入れた砂糖が染み込みにくくなるためです。 お塩が給料だった!? 古代ローマの兵士に、給与として塩が支給されていたこと(ラテン語で塩を意味するsalarium)が、現在の英語の給料サラリー(Salary)の語源になっているそうです。そういえば、武田信玄が上杉謙信に塩を送ったといって「敵に塩を送る」ということわざもできました。これは、信玄の領地で塩不足が起きた際、苦しむ民を見かねて塩を送ったことからだったようです。 死海のお塩は? イスラエルの塩湖で、有名な死海ですが、湖面の海抜はマイナス400m超と、地上としては最も低い場所にあります。さぞ、塩分が濃いと思われます。死海の塩分濃度は、通常の海の約10倍。極めて高いです。ですが、食用ではなく主にバスソルトや美容に使われています。苦りが多くて食用には、向かないそうです。 世界で一番高級なお塩は? 最高値は、なんと1kgあたり100万円。高知(高知県)の職人が作るオーダーメイドの塩「田野屋塩二郎」(最高値で1kgあたり100万円) や、韓国の伝統的な製法で作られる「竹塩(九回焼き竹塩)」(240gで1万円以上/8.5オンスで約100ドル)...
西部開拓史とミネラル#3
アメリカの西部開拓史とミネラルは、一見何の関わりもないように思えます。 が、実は西部開拓とミネラルとは切っても切れない関係にありました。 映画の西部劇やテレビ番組の『大草原の小さな家』などは、ミネラルとただならぬ関係にあったのです。 ミネラルを求めて西へ西へ ピューリタンが、新天地を求めてアメリカ大陸に渡りました。超広大なアメリカ大陸。彼らは、最高の農場を作るべく肥沃な大地を探し求めたのです。見渡す限りの広大な大陸。 ある者は高い平原へ行き、ある者は大河の流域に住みつきました。高い平原に住んだ者たちは、だいたいが力が強く経済的にも少し優位な人々。一方、低い下流域に住んだ人びとは、土地は狭く比較的低所得層だったのです。じつは後年、この差が大きな物語を生みだすのです。 高い平原に住みついた人びとのその年の収穫は、小麦や野菜は大豊作です。その翌年も大豊作。また、次の年も大豊作。彼らは、大喜びのまさに勝ち組でした。 しかし、喜びも束の間、どうしてだか年を経るごとに収穫が減っていきます。その内、ほとんど収穫できなくなるのです。 仕方なく、次の広大な土地を求めて移住をはじめました。 あの『大草原の小さな家』の家族のように。 良い土地を求めて、西へ西へと向かったのでした。 一方、大河の河川域に住みついた人びとは、土地は狭いけど豊作は毎年続きました。しかし、毎年やってくる洪水、水害に悩まされることになります。 広大な土地を持つ人びとと狭いけど豊作が続く人びと。どちらが良いのでしょう。 なぜ、西へ西へと向かったのか? さて、肥沃な土地を求めて人びとは西へ西へと向かったのでしょう。 ここに「ミネラル」が、西部開拓に大きく関係しています。 というのは、作物が大量に採れるのは「ミネラルが関係している」からです。ミネラルが豊富なところは、生物も植物も豊富に存在していることが分かります。 たとえば、エジプトはナイル川の毎年の氾濫によって豊かで肥沃な大地になっています。魚が大量に獲れる場所は、川から流れ出る栄養が豊富なプランクトンを育み魚が寄ってきます。これは、山から流れ出る豊富なミネラルによって賑わうのです。若狭湾や銚子沖など。 西部開拓では、最初の数年はミネラルが豊富なので豊作ですが、ミネラルが無くなると次第に作物は生えなくなります。河川域と違いミネラルが無くなると大地には栄養が無くなり、作物も摂れなくなるのです。ミネラルが、豊作・豊漁のキーワードだったのです。 こうして、西部開拓は進んだのでした。 しかし、この西部開拓も農薬の登場によって終演します。 農薬の発明は、農業に莫大なエポックをもたらしました。ミネラルが無くても植物が育つのです。窒素・リン酸・カリをうまく配合した化学肥料の登場。また、作物を食い荒らす害虫を駆除する農薬。これらの登場によって、広大な土地のアメリカの農業は一変しました。 UnsplashのJames Baltzが撮影した写真のJames Baltzが撮影したイラスト素材 野菜を工業的に作る時代の登場です。 農薬と化学肥料をもってすれば、ミネラルが無くとも同じような作物がわんさかと摂れるのです。アメリカの農業は、息を吹き返したように思えました。 ガン大国アメリカから癌を克服した国へ 喜びに沸くアメリカでした。が、暗い影が次第にアメリカ大陸を襲います。それは「癌大国アメリカ」でした。1960〜1970年代のアメリカは、食生活の欧米化や喫煙率の上昇によりがん患者が急増し、まさに「がん大国」の絶頂期でした。日経メディカル:世界のがん研究をリードする米国がん研究所 そして、1971年、ニクソン大統領が一般教書演説で「がん撲滅」を宣言(がん戦争)。予算を大量に投入し、米国国立がん研究所(NCI)の権限を大統領直属へと大幅に強化しました。この運動が功を奏して癌死亡率は1991年から2020年の間に約31%減少しました。...
西部開拓史とミネラル#3
アメリカの西部開拓史とミネラルは、一見何の関わりもないように思えます。 が、実は西部開拓とミネラルとは切っても切れない関係にありました。 映画の西部劇やテレビ番組の『大草原の小さな家』などは、ミネラルとただならぬ関係にあったのです。 ミネラルを求めて西へ西へ ピューリタンが、新天地を求めてアメリカ大陸に渡りました。超広大なアメリカ大陸。彼らは、最高の農場を作るべく肥沃な大地を探し求めたのです。見渡す限りの広大な大陸。 ある者は高い平原へ行き、ある者は大河の流域に住みつきました。高い平原に住んだ者たちは、だいたいが力が強く経済的にも少し優位な人々。一方、低い下流域に住んだ人びとは、土地は狭く比較的低所得層だったのです。じつは後年、この差が大きな物語を生みだすのです。 高い平原に住みついた人びとのその年の収穫は、小麦や野菜は大豊作です。その翌年も大豊作。また、次の年も大豊作。彼らは、大喜びのまさに勝ち組でした。 しかし、喜びも束の間、どうしてだか年を経るごとに収穫が減っていきます。その内、ほとんど収穫できなくなるのです。 仕方なく、次の広大な土地を求めて移住をはじめました。 あの『大草原の小さな家』の家族のように。 良い土地を求めて、西へ西へと向かったのでした。 一方、大河の河川域に住みついた人びとは、土地は狭いけど豊作は毎年続きました。しかし、毎年やってくる洪水、水害に悩まされることになります。 広大な土地を持つ人びとと狭いけど豊作が続く人びと。どちらが良いのでしょう。 なぜ、西へ西へと向かったのか? さて、肥沃な土地を求めて人びとは西へ西へと向かったのでしょう。 ここに「ミネラル」が、西部開拓に大きく関係しています。 というのは、作物が大量に採れるのは「ミネラルが関係している」からです。ミネラルが豊富なところは、生物も植物も豊富に存在していることが分かります。 たとえば、エジプトはナイル川の毎年の氾濫によって豊かで肥沃な大地になっています。魚が大量に獲れる場所は、川から流れ出る栄養が豊富なプランクトンを育み魚が寄ってきます。これは、山から流れ出る豊富なミネラルによって賑わうのです。若狭湾や銚子沖など。 西部開拓では、最初の数年はミネラルが豊富なので豊作ですが、ミネラルが無くなると次第に作物は生えなくなります。河川域と違いミネラルが無くなると大地には栄養が無くなり、作物も摂れなくなるのです。ミネラルが、豊作・豊漁のキーワードだったのです。 こうして、西部開拓は進んだのでした。 しかし、この西部開拓も農薬の登場によって終演します。 農薬の発明は、農業に莫大なエポックをもたらしました。ミネラルが無くても植物が育つのです。窒素・リン酸・カリをうまく配合した化学肥料の登場。また、作物を食い荒らす害虫を駆除する農薬。これらの登場によって、広大な土地のアメリカの農業は一変しました。 UnsplashのJames Baltzが撮影した写真のJames Baltzが撮影したイラスト素材 野菜を工業的に作る時代の登場です。 農薬と化学肥料をもってすれば、ミネラルが無くとも同じような作物がわんさかと摂れるのです。アメリカの農業は、息を吹き返したように思えました。 ガン大国アメリカから癌を克服した国へ 喜びに沸くアメリカでした。が、暗い影が次第にアメリカ大陸を襲います。それは「癌大国アメリカ」でした。1960〜1970年代のアメリカは、食生活の欧米化や喫煙率の上昇によりがん患者が急増し、まさに「がん大国」の絶頂期でした。日経メディカル:世界のがん研究をリードする米国がん研究所 そして、1971年、ニクソン大統領が一般教書演説で「がん撲滅」を宣言(がん戦争)。予算を大量に投入し、米国国立がん研究所(NCI)の権限を大統領直属へと大幅に強化しました。この運動が功を奏して癌死亡率は1991年から2020年の間に約31%減少しました。...
いい季節になりました。醤油麹を作りましょう。#1
今年の夏は、猛暑の期間が去年に比べて短くて、その代わり雨のがずっと降り続いている感じでした。 何だかジメジメしていて、発酵食品の「醤油麹」を作るにもちょっと気が引ける感じがしました。 ようやく落ち着いた感じがして、外でも柿が色づいてきたので「醤油麹」を作りにはもってこいの感じです。 醤油麹の良さはっていうと なんといっても素材の味を爆上げしてくれること。 たとえば、ほうれん草を湯がいて、醤油麹をのせるだけで今晩のお酒のアテになります。 焼き魚にかけても良いし。ご飯にかけてもさらに美味しくなります。この醤油麹ひとつあれば、手間暇かけたお料理に変身します。ぜひ、作ってみてください。 ただ単に醤油麹は美味しいので、うんちくを並べたくはないのですが・・・それでも健康によいので、少しだけ説明を入れます。 麹そのものは、腸内最近を元気にしてくれるのは良く知られています。塩麹も同じです。が、旨み成分(グルタミン酸)は、塩麹の10倍以上も含まれているんです。また、魚やお肉に付けておくと、胃腸への負担が少なくなります。これは、タンパク質を分解してくれるからです。便秘の解消にも繋がるんです。高血圧予防にも力を発揮します。何よりもビタミンB1、B2、B6などのビタミンB群が豊富なので疲労回復にも一躍買ってくれるのです。 超簡単作り方 用意するのは、経ったの3つ。 容器と麹とお醤油だけ。 消毒するので、アルコールも必要ですね。作り方も本当に適当なんです。消毒した容器に「米麹をドバドバ入れる」麹の量は適当です。そのまま全部入れましょう。 そして、お醤油を米麹が浸かるぐらいまで入れます。 こんな感じです。 後は、蓋をして一日待ちます。容器を置く場所は、直射日光が当たらない場所であればどこでも大丈夫です。 <1日経ったのが、下の写真> 麹が、お醤油をたっぷり吸ってくれています。おしゃもじなどで良くかき混ぜます。そして、また麹が隠れるぐらいにお醤油を浸します。 この一連の作業をだいたいこの季節だと1週間続けます。すると、香りの良い「醤油麹」ができあがります。 できあがりの目安はというと・・・ 下の写真のように、こうじを指で摘まんでみてカンタンに潰れるぐらいになったらできあがりです。 1日1回混ぜるだけでできあがるので、気難しいことをしなくても平気です。 だまされたと思って玄米ご飯にかけてみて 玄米ご飯に醤油麹をのせるだけで「美味しいおかず」に返信します。 「食欲が湧かない」とか「今日はおかずが無いかな」とかの時、この醤油麹が大活躍します。昔の人の知恵が、私たちの健康に役立っています。 ぜひチャレンジを!
いい季節になりました。醤油麹を作りましょう。#1
今年の夏は、猛暑の期間が去年に比べて短くて、その代わり雨のがずっと降り続いている感じでした。 何だかジメジメしていて、発酵食品の「醤油麹」を作るにもちょっと気が引ける感じがしました。 ようやく落ち着いた感じがして、外でも柿が色づいてきたので「醤油麹」を作りにはもってこいの感じです。 醤油麹の良さはっていうと なんといっても素材の味を爆上げしてくれること。 たとえば、ほうれん草を湯がいて、醤油麹をのせるだけで今晩のお酒のアテになります。 焼き魚にかけても良いし。ご飯にかけてもさらに美味しくなります。この醤油麹ひとつあれば、手間暇かけたお料理に変身します。ぜひ、作ってみてください。 ただ単に醤油麹は美味しいので、うんちくを並べたくはないのですが・・・それでも健康によいので、少しだけ説明を入れます。 麹そのものは、腸内最近を元気にしてくれるのは良く知られています。塩麹も同じです。が、旨み成分(グルタミン酸)は、塩麹の10倍以上も含まれているんです。また、魚やお肉に付けておくと、胃腸への負担が少なくなります。これは、タンパク質を分解してくれるからです。便秘の解消にも繋がるんです。高血圧予防にも力を発揮します。何よりもビタミンB1、B2、B6などのビタミンB群が豊富なので疲労回復にも一躍買ってくれるのです。 超簡単作り方 用意するのは、経ったの3つ。 容器と麹とお醤油だけ。 消毒するので、アルコールも必要ですね。作り方も本当に適当なんです。消毒した容器に「米麹をドバドバ入れる」麹の量は適当です。そのまま全部入れましょう。 そして、お醤油を米麹が浸かるぐらいまで入れます。 こんな感じです。 後は、蓋をして一日待ちます。容器を置く場所は、直射日光が当たらない場所であればどこでも大丈夫です。 <1日経ったのが、下の写真> 麹が、お醤油をたっぷり吸ってくれています。おしゃもじなどで良くかき混ぜます。そして、また麹が隠れるぐらいにお醤油を浸します。 この一連の作業をだいたいこの季節だと1週間続けます。すると、香りの良い「醤油麹」ができあがります。 できあがりの目安はというと・・・ 下の写真のように、こうじを指で摘まんでみてカンタンに潰れるぐらいになったらできあがりです。 1日1回混ぜるだけでできあがるので、気難しいことをしなくても平気です。 だまされたと思って玄米ご飯にかけてみて 玄米ご飯に醤油麹をのせるだけで「美味しいおかず」に返信します。 「食欲が湧かない」とか「今日はおかずが無いかな」とかの時、この醤油麹が大活躍します。昔の人の知恵が、私たちの健康に役立っています。 ぜひチャレンジを!
オリーブオイルのこと#4
オリーブオイルの歴史は、古いです。シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン辺りで多く使われていました。今から約7,000年から8,000年前だといいます。 古代から変わらないオリーブ。 古代食なのです。 小麦やお米なども大昔から人間が食べてきた種子です。遺伝子組み換えやDNA編集で改良が加えられて原種は、ほとんど残っていません。とくに小麦は、種類が多く原種といわれるものは、既に現代にはありません。 しかし、驚くべきことに、オリーブは古代そのままの原種(品種改良はされています)が残っています。 なぜなら、オリーブオイルって木になる実を採って絞るだけ。じつは、製法も基本的には変わっていないんです。機械か石臼で搾るという作業は古代から変わらないのです。 だから、オリーブオイルは、古代食なのです。 ですから、リンゴジュース100%とかオレンジ100%とかと同じでオリーブ100%のオイルなのです。実を搾ったままのオイルです。 オリーブオイルは、基本的に古代から作り方は変わらない 中東文化に根ざしさまざまな用途に使われてきたオリーブ 7000年も昔から中東世界で親しまれてきたオリーブ。食用以外にも使われてきました。ざっとあげると、・石鹸に加工され・薬として・有効な交易品として・神殿や夜の灯りとして・宗教儀式や即位の儀礼として さらに有名なところだと「王冠」にも、権力の象徴としても使われています。 新約聖書では、「油注がれた者」として『メシア』を指します。メシアはヘ、ブライ語で「油で聖別された者」という意味でヘブライ人を救う王のこと。 オリーブオイル物語-歴史や起源についてより オリーブの木とオリーブオイルの歴史より 世界のオリーブ生産量ランキングは、1位がスペイン。2位がトルコ。ギリシャ、イタリアと続きます。世界の生産量の大部分は、原産地でもある地中海沿岸の国々が占めています。スペインは、2億本ものオリーブの木があります。イタリアが、1億8500万本、ギリシャが1億3300万本。毎年の生産量は、気候変動の影響を受けやすいので、安定はしないないそうです。 あいがとやのオリーブオイルは、パレスチナ産 『あいがとや』のオリーブオイルは、「ガリラヤのシンディアナ」のエクストラヴァージン・オリーブオイル。農薬も化学肥料も使っていない畑の地元種スーリのオリーブだけを一粒一粒手摘みしています。いまだに手作業なのは、大事に育てたオリーブを傷付けないためです。 ヴァージンオイルというのは、天然果汁100%ということ。また、「ガリラヤのシンディアナ」で作られているエクストラヴァージン・オリーブオイルは、じっくり低温圧搾で抽出された一番搾りのオイルなので、味や香りはもちろん栄養も損なわれずに残っています。 オリーブの木の寿命は長く、エルサレムには推定樹齢1000年を超えるといわれる大樹があります。一般に樹齢4年〜5年で実をつけ始め、花期は5月〜6月、収穫は10月末〜12月初めです。私は15年以上、パレスチナオリーブオイルを扱っていますが、毎年、風味や味が変わります。それも楽しみの一つですね。いかにも自然のそのものという趣があります。ではでは。
オリーブオイルのこと#4
オリーブオイルの歴史は、古いです。シリア、レバノン、パレスチナ、ヨルダン辺りで多く使われていました。今から約7,000年から8,000年前だといいます。 古代から変わらないオリーブ。 古代食なのです。 小麦やお米なども大昔から人間が食べてきた種子です。遺伝子組み換えやDNA編集で改良が加えられて原種は、ほとんど残っていません。とくに小麦は、種類が多く原種といわれるものは、既に現代にはありません。 しかし、驚くべきことに、オリーブは古代そのままの原種(品種改良はされています)が残っています。 なぜなら、オリーブオイルって木になる実を採って絞るだけ。じつは、製法も基本的には変わっていないんです。機械か石臼で搾るという作業は古代から変わらないのです。 だから、オリーブオイルは、古代食なのです。 ですから、リンゴジュース100%とかオレンジ100%とかと同じでオリーブ100%のオイルなのです。実を搾ったままのオイルです。 オリーブオイルは、基本的に古代から作り方は変わらない 中東文化に根ざしさまざまな用途に使われてきたオリーブ 7000年も昔から中東世界で親しまれてきたオリーブ。食用以外にも使われてきました。ざっとあげると、・石鹸に加工され・薬として・有効な交易品として・神殿や夜の灯りとして・宗教儀式や即位の儀礼として さらに有名なところだと「王冠」にも、権力の象徴としても使われています。 新約聖書では、「油注がれた者」として『メシア』を指します。メシアはヘ、ブライ語で「油で聖別された者」という意味でヘブライ人を救う王のこと。 オリーブオイル物語-歴史や起源についてより オリーブの木とオリーブオイルの歴史より 世界のオリーブ生産量ランキングは、1位がスペイン。2位がトルコ。ギリシャ、イタリアと続きます。世界の生産量の大部分は、原産地でもある地中海沿岸の国々が占めています。スペインは、2億本ものオリーブの木があります。イタリアが、1億8500万本、ギリシャが1億3300万本。毎年の生産量は、気候変動の影響を受けやすいので、安定はしないないそうです。 あいがとやのオリーブオイルは、パレスチナ産 『あいがとや』のオリーブオイルは、「ガリラヤのシンディアナ」のエクストラヴァージン・オリーブオイル。農薬も化学肥料も使っていない畑の地元種スーリのオリーブだけを一粒一粒手摘みしています。いまだに手作業なのは、大事に育てたオリーブを傷付けないためです。 ヴァージンオイルというのは、天然果汁100%ということ。また、「ガリラヤのシンディアナ」で作られているエクストラヴァージン・オリーブオイルは、じっくり低温圧搾で抽出された一番搾りのオイルなので、味や香りはもちろん栄養も損なわれずに残っています。 オリーブの木の寿命は長く、エルサレムには推定樹齢1000年を超えるといわれる大樹があります。一般に樹齢4年〜5年で実をつけ始め、花期は5月〜6月、収穫は10月末〜12月初めです。私は15年以上、パレスチナオリーブオイルを扱っていますが、毎年、風味や味が変わります。それも楽しみの一つですね。いかにも自然のそのものという趣があります。ではでは。


















